創作活動においてクリエイターのビジョンを阻む壁というものは常に付きまとっているものですが、その制約を厄介なものと捉えずに更なるデザイン表現のための糧としてみる。今回はそんなお話を届けたいと思います。

vol.3  大島広子(おおしまひろこ)  コロナ禍での衣装デザイン

01/05/2022

今から約2年少し前の2020年の冬の終わりーー。世界的に猛威をふるうコロナウィルスにより、演劇業界も数々の公演が中止になり延期になりました。 演劇や文化活動がいつどのように再開されるかまだ誰も何も分からないまま時が過ぎて行く中で、初夏に入ると僅かながらに独自に感染対策をした公演が開幕され始めました。

舞台裏探訪 vol.3 は、2021年夏に早稲田の演劇博物館で開催されていた「コロナと演劇」展で展示をされた衣裳デザインを担当した大島広子さんを訪ねました。この「願いがかなぐつぐつカクテル」(2020年7月/新国立劇場)の衣裳は、誰もが「何がコロナ対策の正解か?」の答えを手探りで見つけようとしていた時期で「俳優はマスクを使用しなければならない」という逆説的な問題を抱えていました。大島さんがどのようにその難題を上手くデザイン要素として取り入れてより良いものに昇華していったのか? その過程と裏の話を皆さんにお届けしたいと思います。

インタビュー :大島広子アトリエにて(08.20.2021)

大島演博前
演劇博物館の前の大島さん

||「マスクがないと公演ができない」となると、どういうデザインや素材・形状であればその問題が解決できるのかなって思いました。

———まずは当時の状況を教えてください。

大島  2020年3月から3ヶ月間、文化庁の在外研修制度でイギリスのリーズという地方都市の劇場に研修に行く予定でした。帰国後すぐ「願いがかなうぐつぐつカクテル」の稽古が始まる予定だったので、演出の小山さん・美術の乗峯さんとも早めに打ち合わせをしていました。2019年末にはほぼデザインが決まっている状況で、あとは素材など決めるなどの具体的な製作段階のことを詰めるだけという感じでした。

3月上旬に渡英したものの、10日後にイギリス全土がロックダウンしてしまい、劇場も閉鎖されたので致し方なく帰国しました。

———海外でロックダウンですか? 大変でしたね。

大島  何となく危険が忍び寄っているという感じはあったんですが、まだ全体的にはそんなに深刻な雰囲気ではなかったんです。それは出発する前の日本でも同じでした。でもロックダウンの3日前から急に世間がザワザワし始めて、そこからはあっという間に全てが軒並み閉鎖、となった印象です。感染者数も万単位で増加という感じでした。

———よく帰国で出来ましたね。

大島  ヨーロッパにいる全てのアジア人が一斉に国に帰るのでは?という噂が流れて、飛行機の席がなくなると思ったのですぐにチケットを取りました。まだ通常値段だったのでラッキーでした。最終的にはかなりの高値になったと聞きましたので。

———それで日本に戻ったら…?

大島  丁度こちらに戻った日から日本でも外国からの帰国者は14日間の自主隔離をする必要になり、その間に第1回目の緊急事態宣言が発表されたと思います。

———段々思い出されて来ました。プロダクションの方に当然影響があったと思いますが、動きはありましたか?

大島  緊急事態宣言が出されたタイミングで、もう7月の公演ができるかどうか分からない状況でしたので、新国立劇場からの連絡を1ヶ月くらい待っていました。5月頭に「出来るならば公演はしたい」という連絡を受けたので、やれるところまで進めようということで、プロジェクトを再開することになりました。5月中にZOOMなどで会議をしたりしました。

———確か連休を自粛して、社会的にも感染が一度落ち着いていた記憶があります。

大島  新国立劇場側も5月の頭の時点である程度の見通しというか希望があったのではないかと思います。あとは「ぐつぐつ」が子供向けの作品だったので、学校にも行けてなかった子供たちのために少しでも何か良い体験を届けたいということもあったと思います。

———なるほど。

大島  1学期がいわゆる「失われた時間」になってしまって。私もちょうど6歳になる姪がいたんですが、学校の授業どころか入学式すらなく1年生になってしまって…

———本当に可哀想ですね。お陰さまで色々と当時の状況を振り返ることができました。

        アトリエにて

 

———では本題に移ります。コロナによる影響下で、どの様な感じでプロジェクトは再開されましたか?

大島  上演するにあたり、役者間のソーシャル・ディスタンスをとるという事と、飛沫をなるべく抑えるという事を新しく美術と衣裳に取り入れてデザインを修正することになりました。 そして衣裳の方ですが、飛沫防止のために役者にマスク着用が必須になりました。

———マスク…なかなかの難題ですね。

大島  マスクをしながらの演劇というのは、当然ながら私も見たことがなかったですし、もちろんやった事もないですし…。 日常生活においてもマスクをつけると表情は認識しづらいですし、声も聞き取りにくくなるので、そう考えると演劇とは相入れないものだということは明らかな訳です。でも「マスクがないと公演ができない」となるとデザインするしかないので、どういう素材・形状であればその問題が解決できるのかなって思いました。

———“とんち”に近い感じですね。最初の一手は?

大島  舞台で使われる様々なタイプのお面をリサーチしたり、洋服の中でネックラインから自然に何か立ち上げることができれば口を覆るのではないか?とか、いろんな方向からアプローチしてみようと調べました。基本的には飛沫さえ遮れれば良いと理解したので、マスクという形には囚われずに口元の遮蔽をして表情は見せつつも、作品の持つ世界観を壊さずに出来る色んなものを当たりながら考えました。

———その過程において演出家とのやりとりは?

大島  もともと制作さんからのそういう要請を演出の小山さんが聞いて、私に伝えてくれた形だったのです。

ただ小山さんもそういうものが何か必要だと思っていましたし、何にもましてお客さんに安心して観劇してもらいたいという気持ちは、プロダクション全員共有していました。 私には衣装に合うマスクなり他のものをデザインして欲しいとお願いされました。

———皆が同じ方向を向いていたということですね。

大島  そうですね。劇場での感染は絶対に避けなければいけない事でしたから。

———大切ですね。「色んなものを考えてみよう」という事でしたが、デザインはどの様になっていきましたか?

大島  この作品ではそれぞれの登場人物にとても強い個性というか属性がありました。それに沿うには統一された何かーー例えば色違いのマスクーーではなく違う形・色んな素材のものでも良いのではないかとの考えにシフトしました。それぞれのキャラクターの顔の一部のような扱いで取り入れられたら、という考えです。

———その考え方のシフトには何か影響とかあったのですか?

中世ヨーロッパのペスト治療の医療服

大島  ありましたね。話が前後するのですがーーー

登場人物は5人いるのですが、その内2人は動物の役です。

カラスのヤコブですが、一番最初のアイディアとしては、動物だから動物のパーツが付いてる感じにしたくなくて色々と試してみたんですが、やはりその動物の造形が一番違和感なく自然に見えましたので、嘴を利用して鼻から口元まで完全に覆いました。更にこのリサーチの過程でこういう画像に出会いまして… 、これは中世ヨーロッパでコレラが大流行した時の当時の医者が使用していたマスクがまさに鳥の嘴のようなものですが、それが動物の顔造形を利用することに決めた理由の1つでもあります。

結局、その動物の顔を基に“口元を覆う”事をすれば、すんなりとデザインに活かすことできました。

———これは面白い資料ですね。もう1匹は?

大島  もう1匹は猫なんですが、これもニャロメ(※故・赤塚不二夫さんの漫画の猫キャラクター)のような誇張された猫の口元の造形の絵を描きつつ、今回マスクの造形を急遽担当していただくことになった土屋工房の土屋さんと相談しつつ装着しやすい形にしていきました。

いくつかの試作を作って稽古場で俳優さんに試してもらいつつ、要望を取り入れつつ変更 を重ねて本仕様に持っていきました。

———とても可愛らしいですね。大人が観ても楽しめるデザインです。

ネコとカラスのポートフォリオ用衣装写真(撮影:行貝 チエ)
マスクのリサーチとスケッチ
公演写真 新国立劇場「願いがかなうぐつぐつカクテル」 撮影:引地信彦 
|| 自分でもどう処理するかはわからないけど、とても面白くなるんじゃないかと思いワクワクしました。

———他の登場人物はどうでしょうか?

大島  動物はサブキャラで、メインは魔法使いの博士とその叔母の魔女です。その2人の表情は絶対に見せたいと思い、何か透ける素材を使用したいということは最初から思ってました。

今でこそ皆さん見慣れてますが、当時はまだほとんど見ることもなかった口元だけを覆う透明プラスチック製のフェイスガードを見つけまして。食堂で配膳係の人が着けてるという程度の商品で一般に出回ってはいなっかったですね。

科学者という設定だったので、プラスチックの素材感は科学者の衣装とも合いますし、シンプルなのも良かったです。あとは衣裳に合わせて色や小さい飾りをつけて見え方の微調整 をしました。

———よく見つけられましたね。

大島  そうですね。まだ当時はニュースキャスターやTVのバラエティーでも装着している人がいなかったので見つけた時は嬉しかったです。 ただこれについては公演後ですが後々テレビの番組か何かで、スパコンにシュミレーションさせると飛沫の防止には効果が不十分ということがわかってきて(苦笑)

———そうなんですか()!?

でも公演時には感染防止対策の一環として認知されてロケ番組とかでも使用されてましたし、まだ何が正解か皆さん手探りの状態でした。 当時はベストな選択に思えたので、演出の小山さんにも制作さんにもとても喜んでもらえました。

———魔女に関しては?

大島  帽子を被ってたので、そのベールを利用する可能性を探って見ましたが、現実的につけ心地、透明度、顔への馴染み具合を総合的に鑑みると、博士と同じフェイスガードを装着することにしました。 ただ、支えになる部分を衣裳に合わせてゴールドにして使用しました。

———違和感なく自然ですね。見事に調和しています。

公演写真 新国立劇場「願いがかなうぐつぐつカクテル」 撮影:引地信彦 

———残りの人物もお願いします。

大島  マーデという地獄の使者がいまして地獄の使者と聞いておどろおどろしいイメージを持たれるかもしれないんですけど、原作には「ごく普通の人」と書かれていて、ただその登場の仕方が知らない間に現れては消えるという描写がされていまして。小山さんは「すごく普通の人。市役所の役人みたいな特徴のない存在感のない人。」を求められていたので、最初はグレースーツで面白みのない感じのデザインでした。

———なるほど。

大島  それが口元を覆わなくてはいけなくなり、特徴づけになってしまうかもしれないなーと悩みました。でもある時にふと、「特徴のない、存在感がない、イコール、顔のない」というイメージが脳裏に浮かんで、顔を全部覆ってしまえばいいんじゃないかと思いました。

———アイディアのブレーク・スルーですね。

大島  自分でもどう処理するかはわからないけど、とても面白くなるんじゃないかと思いワクワクしました。俳優さんにとっては圧のかかる提案だったと思いましたし、ずーっと覆っているのは演出的にも難しいと言われまして

———確かに。

大島  私も流石にずっと覆ってるのは無理だろうと思っていたので、B案として「鼻くらいまで覆われて目だけが見えてる」のを提示したんですけど、すごく面白いと言われて、結局B案よりの方で進めることになりました。 スーツの形状を利用して、終始口元は隠れているというデザインです。

でも最初の「顔のない」という見え方も面白がってくれたので、登場するときは顔のない状態でやってきて、博士の前に現れたという瞬間に顔の上半分だけが衣装から飛び出てやりとりをする、という動きになりました。 自分でもあとから見て作品の世界観にも、キャラクターの持つ属性にもぴったり合っていたと思います。

———すごく面白いデザインですね。

衣装写真
衣装スケッチ&リサーチ
公演写真 新国立劇場「願いがかなうぐつぐつカクテル」 撮影:引地信彦 

||   演劇界がストップしてしまっていたので、やはり創作活動はいいなと心の底から実感しました

———稽古で色々と試行錯誤をして今の形に落ち着いたということですが、他に印象に残る事は?

大島  デザイン自体は大幅に変更はする必要はなくて、装着感とか装着した後の見え方の微調整程度でした。博士と魔女の既製品のフェイスガードに関しては、普通のマスクに比べてセリフが話しやすいし、多少音の反響が違うということはおっしゃってましたが、軽く楽なので稽古場では基本役者はこれをつけてやってました。

猫とカラスに関しては、造形をつけて少し整えたり、演じる俳優さんが造形物に慣れるように練習してくれてました。

“地獄の死者”のマーデは…造形が難しくて、東宝舞台の衣裳部の方に作りをお願いしたんですけど、肩の形状を出すのが衣裳の作り方だと安定性を出すのが難しくて、特殊小道具の土屋工房さんに作り直してもらって、それを稽古で何回も来てもらって動きの調整をして…を繰り返しました。土屋さんには本当に感謝です。

———特殊小道具ですか?

大島  この衣裳は見た目に反して実はすごく難しくて、首だけ動かすと変に見えるんです。体ごと動かさない と、すごくおかしなことになるので、俳優の林田さんと演出の小山さんと一緒に調整して、 不自然に見えないように動きを練習してくださって本当にありがたかったです。

———なるほど、俳優の方も衣裳のデザインが成立するように動きを練習して協力してくれたんですね。良いコラボですね。コロナ対応以外で、難しかったことはありますか?

大島  稽古場がすごく楽しかったので、そう思ったことはありませんでした。それはやはり3ヶ月間くらい演劇界がストップしてしまってたので、稽古場に行ってみんなと会って話すだけで楽しいと感じました。休止中の3ヶ月間も実はとてもダラダラ過ごして楽しかったんですけど…(笑)

——— (笑)。久しぶりにのんびりと休養されたという事ですね。

大島  やはり創作活動はいいなと心の底から実感しました。1年前のことなんで細かいことはあまり覚えてないんですが、稽古場に行って毎回何かしら1つずつ物事を解決しながら作業を進めて行ったんですけど、嫌なこと難しかったことが思い出せないです。何かしらあったとは思うんですけど、多分それぐらい楽しかったんだと思います。

———演劇人の鏡ですねー(笑)。次に楽しめたことを伺いたかったのですが、もう十分ですね。

大島  そういえば、今回初めて衣裳を1から10まで発注出来たことが非常に嬉しかったです。今まで自分で購入したり染めたり作成したりで発注できたことがなかったので。

自分の書いたデザイン画を、想像して立体化してくださった縫い子さんたちとのやり取りがすごく楽しかったです。今回の衣裳は割と自分では実現できそうにない事も結構あったので、そういう事ができる技術と知識を持ったスタッフの人たちと一緒にできたことは自分にとっても良い経験になりました。

———それは良かったですね。デザインの評判はどうでしたか?

大島  私自身は大変満足してますし、演出の小山さんはじめ、スタッフ間では良かったと思います。俳優の方々は大変だったと思います(笑)。 

                              展示室での仕込み

———演劇博物館から話が来たのはどういう経緯ですか?

大島  公演が終わってかなり経ってからですが、今年に入ってから新国立劇場の制作さんから演劇博物館の方からこういう話があるのですが、どうですか?という連絡を受けました。とても光栄なことでですし、ぜひにとお受けしました。最初はデザイン画だけということだったのですが、偶然に自分のホームページ記載用に廃棄予定だった衣裳を保管してたので、だったら「実際の衣装もぜひ展示を!」ということになりました。

———演劇博物館にも展示されたという意味では、とても評価の高いデザインだったのかと思いますが…

大島  何人かの演劇関係者から良いフィードバックを頂きました。ただ子供向けの作品だった事に加えて、多分まだコロナ禍の影響が残ってて保護者の方々が劇場に来るのをまだ躊躇していた時期だったのではないかと思います。皆が安心して楽しめるデザインであったのでしたら私も嬉しいです。

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———改めて見るととても工夫されていて、且つスタイル的にも楽しい見栄えだと思います。振り返って見て個人的に何が要因だと思いますか?

大島  結果的にコロナが上手く作用したことになったと思います。怪我の功名ではないですが、挑戦することを諦めずにいたことは自分の自信にもなりましたし、皆が協力してデザインアイディアを活かしてくれた事は非常に大きかったです。

———ありがとうございます。ではここからは大島さん個人の事についてもう少しお聞きしたいと思います。